お地蔵さんの絵手紙と癒しの言葉

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こんにちは、のぼるです。

今までに描いたお地蔵さんの絵手紙を集めてみました。

大丈夫心配するな なんとかなる

 

「大丈夫 心配するな なんとかなる」

この句は、ご存じ一休禅師の遺言の言葉です。
生前に一休さんが弟子たちに(もし、私が居なくなった時に困った事があったらこの遺言書を見なさい)と、言われたそうです。

一休さんが亡くなられ数年が過ぎた頃、本当に一大事が起き困り果てて居た時、お弟子さんが一休さんの遺言書を思い出され、開けてみたみたら書いてあったそうです!

・・・今から十年前になりますが、仕事につまづいて本当に困ってどうしようも無い時がありました。

ただただ時間だけが過ぎて、ストレスはたまるばかりでどうしようもないことが有りました。

迫る時間を気にしているときは、どうしたらいいか分からず自分を見失うことが良くありましたが、時が去り気が付いてみたら何とかなっていて、あの時の焦りはなんだったんだ!と、

後に考えさせられたことが有りました。

貧乏も福を教える仏かな

古歌ですが、昔の僕に「なるほど」と、思はせる詩ですね。

いまは、違いますよ・・・((´∀`*))

人生に多少とも余裕があったときは、あれがしたい!是がしたい!と、

自分の欲求を満たさんが為に自分の器を超えた欲望を越えて

気が付いたら大きく借金が膨れていた!

そればかりか心もなくしていたことに気が付きました。

そんな失敗を経験したいまは、金銭の余裕はありませんが、

自分が歩んできた人生を振り返り、心の持ち方をどのように考え

重んじたら良いかと言う事に気づきました。

そして気付いた事を身近な日常の生活の中でただ今実践しております。

「金が無い、ない!明日からの暮らしをどうしょう!?」

と愚痴るより、無い時こそ自分をどの様に正すか、

と言う事に気づきこの詩を書きました。

 和顔愛語

人それぞれ感情が有り怒ったり、泣いたり・・・ですね。

いつも、愚痴を言ったり、怒ったりする人の側へ近づきにくいですね。

しかし、いつもニコニコ元気に笑える自分の周りには、

家族が有り会社が有り、また、地域が有ります。

自分から発した生活環境が、

明るく元気に笑って過ごせるような社会でしたら皆が

元気に明るく楽しく頑張れますよね!

おーい健康で元気に大きくなれよ

こどもの日です。

健康で元気に育って欲しい親心をそのまま描きました。

お母さんの心を子供さんに伝えてあげたいですね!

おじぞうさま やさしいぼくのお母さんに あって下さい

お母さんの恩を受けて育った子供さんは

心の優しい思いやりのある子に育ちますね!

赤ちゃんのうちから、イヤッ、お母さんのお腹にいるうちから

優しい言葉をかけなさいって言われています。

医学等でも取り上げられていますね。

親に対するだけで無く、世間にたいしても子供さんの心が、

大人になって揺らぐことなく、思いやりのある子に育つのは

親の心だと、書いてみました。(;^_^A

いなかもん なんといいひびきですか 正直もんって聞こえませんか

18歳の時に初めて都会に行って

良く「田舎もん」と言われましたが

その反面、「正直者と」、聞こえたような気がしたので

皮肉って描きました。(”^ω^)・・・!

鮭の一言 私の帰る川が無い 親父の一言 私の帰る居場所がない 思ってはいるけど誰も分かろうとしない 自分の事なのに!

日本全国きれいな川になってきました。

鮭の稚魚放流もあって魚が遡上する様になってきました。

しかし、あたりさわりのない人生を送ってきたお父さん、

お元気ですか・・・?

笑福地蔵

(笑う)をもじって描きました。題して「笑福地蔵」

おじぞうさま おかげさま

お地蔵様の御蔭で御座います。・・・なんまんだぶ なんまんだぶ!(”^ω^)・・・!

今日一日に感謝

今日一日が、始まることに感謝します。

今日一日が、無事に終わった事に感謝します。

ふだんの生活が当たり前になっているから気付かないことが

多いですね!

明日の朝には、必ず目が覚めて元気に出かけて

元気に帰ってくると思っている。

美味いもん食って、糞して風呂入って、寝る!

毎日が、生きていることに当たり前だ、と、思い

当たり前だから感謝が出来ない!・・・・?

きょうから、朝晩に感謝の心で生かされている事に気付き

手を合わせて見ませんか、

知らないうちに自分が、何か良い事の変化を感じて生かされていると言う事に

気が付きますよ。

身近なところで、いつも私達を見守っていて下さるのがお地蔵様ですね。

今回は、お地蔵様について調べてみました。

(延命地蔵菩薩経 – Wikipediaホームページより)

他の大乗仏典のように「如是我聞」ではじまるが、釈迦が説法する場所は須弥山を囲む七金山の一つであり地蔵菩薩の住居とされる佉羅陀山(からだせん、きゃらだせん)である。そこで釈迦は無垢生という名の帝釈の質問に答え、自分が没した後に衆生を助け救う存在として延命地蔵菩薩の名を挙げ、そのはたらきについて述べていく。

経文によると、三途地獄道・餓鬼道・畜生道)において地蔵の姿を見たり名前を聞いた者はか浄土に生まれることができる。三善道(阿修羅道・人間道・天道)で名前を聞いた者は、その生涯で果報を手にし、来世では仏国土に生まれることができる。さらに深く想い、忘れないようにすれば、心眼を開き成就に至ることができる。この他十種の幸福をもたらし、八つの恐怖を取り除くと語られる。十種の幸福とは、女性なら出産できる、健康で丈夫になれる、人々の病を悉く取り除く、寿命を長くする、賢くなる、財産に溢れるほど恵まれる、他の人々から敬愛してもらえる、穀物が育つ、神々の加護を得られる、菩提を得ることが保障される、というもの。八つの恐怖が取り除かれる、とは風雨は時節にかなったものとなり、敵になるような国家が勃興せず、内乱・内部抗争が起こらず、(不吉とされた)日食月食が興らず、(各人の運命運勢に影響するとされた)星宿が悪い方向に変化せず、鬼神がやってくることはなく、飢饉と旱魃が興らず、人民が病気にかかることがない、というものである。

この経典を受持し、地蔵菩薩を崇敬し供養する人がいるなら、その人から百由旬もの距離の間では、あらゆる諸々の不幸が生じず、魍魎、鬼神、鳩槃荼のような魔物と無縁でいられる。また、どんな種類の神や霊でも、この経典と地蔵菩薩の名前を聞けば、邪気を吐いてを悟り、菩提を得るという。

さらに地蔵菩薩は様々な種族、職業、僧侶、聖者、果ては大地や海の姿をとるという。

終盤になると、地蔵菩薩本人が登場し、釈迦に対して自身の誓いを述べていく。己の神通力により業報を果報へと展示させ、無間の罪を取り除く。輪廻で迷い、一人でも成仏へと導けずに残すなら、その間自分は成仏をしない、と宣言する。六道の衆生を救い、彼等に苦しみがあれば自分が代わって背負い、もしそれができないなら正覚を取らない、と語る地蔵菩薩を釈迦は称賛し、後世の衆生に向けてもし末法が訪れ世が乱れ国が乱れる時勢となったなら、彼のことを強く想うようにせよ、と述べる。釈迦と地蔵菩薩とのやりとりが終わると、三千世界が振動し、文殊菩薩普賢菩薩、金剛蔵菩薩、虚空蔵菩薩聖観音菩薩、続いて梵天帝釈天四天王がこの経典と地蔵菩薩を信じる衆生の願いを叶え、護っていくと誓いを立てた。

最後に地蔵菩薩の左右を固める二人の童子について語られる。左に立つのは白色白蓮華を持ち、法性を整え御する掌善童子、右に立つのは赤色金剛書を持ち無明を降伏させる掌悪童子である。二人は法性と無明の両手両足であり、地蔵菩薩は不動阿字の本体である、と説かれ、説かれたところの意味を知る者は成就に至ると教示される。